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雨が降っても空の上では、いつも晴れのち晴れ
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2024/09/22 (Sun) 20:21
Posted by 香久山千晴
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2008/09/08 (Mon) 21:36
Posted by 香久山千晴
久しぶりというか、ブログになってからははじめての日記小説。
ブログ小説に名前変えたほうがいいのでしょうか。
「続きを読む」からどうぞ。
例によって例のごとく、日記小説の「私」と管理人は関係ございません。
友人もモデルがいるわけではありません。
フィクションとしてお楽しみください。

『無駄』



「てめえの授業で役に立ったことなんざ、一秒たりともねえんだよ!!」
 大声で怒鳴りつけて、男が一人教室から出て行った。いかり肩が勇ましい。
 残されたのは、茫然自失な教師約一名と男の主張に心の中で激しく同意している生徒大多数。それから少数の否定派。ついでに、男の荷物。
「おっとこまえだねえ」
 心の声を小さくつぶやく。教師には可哀想だが、私も男の主張に賛同する人間の一人なので、しょうがない。
 定期試験直前の授業は、こうして終了した。


「恐かったねー、あの子。いきなり立ち上がったと思ったら!だもんねー」
 小さな肩をさらに小さくして、友人は言った。恐がっているのかと思いきや、可愛らしい顔はあきらかに面白がっている。
「でもさ、ちょっとあの子がいってたこと解るんだー。あの人の授業って訳解んないし、一人で勝手に納得してさっさと進んじゃうしねー」
 あの人――さきほどの教師のことだ。確かに彼の授業は解らないと評判だ。内容が難しいのではない。ただ単に説明ベタ。しかも質問に行っても『一人に教えたら不公平だから』という主張のため、まともな回答を得られた者はいない。
 彼曰く、授業中に聴いてきた質問に対しては答えるが、授業外の質問は聴いている人間と聴いていない人間ができるため、不平等だから受け付けないというのだ。それぞれ理解度も違えば勉強時間や勉強方法そのものも違うだろうに、質問に答えないことの何が平等なのかは解らない。第一、出席していない人間だっているのだから、授業中の質問がイコールで全員聴いているということにはならないだろうに。
 一度、『一言一句違えずに全ての人間に知らせるから教えてくれ』と直談判に行ったことがあるが、これも却下された。これなら平等だと思うのだが、彼にしてみれば違うらしい。
「私も解るけどね。でも、行動に賛同はしかねるかな」
 主張には賛同できるが。と心の中だけで付け加える。友人は大きな眼をさらに大きくして驚いてみせた。
「何でー?あんたもあの教師嫌いでしょ?」
「嫌い。必須科目でなければ取ってないくらい大嫌い。一秒たりとも役に立ったことがない点にも同意する。でも男の行動には賛同しない」
 眉根を寄せて、友人は首を傾げた。飲みかけの缶コーヒーが上質なカップに注がれた紅茶に見えるほど、とても似合っている。
「たとえば、あいつの授業が試験に出ることはまずない。前年度の試験問題を入手していなければ、私は0点を取る自信がある」
 悲しいことに、元々頭の出来の良くない私にはあいつの科目は鬼門なのである。
「試験で点数の取れない授業は授業ではない。だけど私は、だから無駄なことだとは思わない」
 テーブルの下で足を組みかえて、話を続ける。
「あいつは将来的に必要になるかもしれないことを教えているつもりなんだ。持っていてそのうち役に立つなら、今役に立たなくても無駄ではないだろう?」
 言うが、友人には不満だったようだ。口をへの字型にしながら反論してきた。
「試験前に将来のこと考えてる余裕なんてあーりーまーせーんー」
 全くその通りだ。
「あの男のことは解るっていっただろう。私も試験前に余裕なんてない」
 だが、どんな状況でも許されることと許されないことがある。あの男は許されない行動をした。教師に反論するなど、百害あって一利なしだ。
「私はあの教師が嫌いだ。だからこう考えて自分を納得させる。あいつは胃痛の人間に風邪薬を渡す奴なんだ、と」
 例えが解りにくすぎたか。もう少し補足する。
「胃痛はつまり目前にせまった試験。私達が欲しいのは胃薬――試験に使える知識だ。これは解る?」
「うん」
「でもあいつは何も考えず風邪薬――将来的に役立つらしい知識を渡してくるから、こちら側に不満が残る。それで結局、自分で胃薬――つまり前年度の試験問題だね、これをもらいに行く。これが今私達にできる対処方法であり、あいつが嫌われる要因。誰だって今、役に立たないものよりも役立つものが欲しいからね。だからあの男がキレるのは解るし、私もキレたい」
「ふむふむ、それで?何であんたはキレないの?」
「それはね、胃痛に風邪薬を渡してくるような阿呆を納得させる言葉を、私は持ち合わせてないからだよ」
 にっこりと微笑む。腹黒というセリフが友人からもれた気がするが、気のせいだろう。
「教師に反論することは容易だ。相手の主張を論破する自信もある。だがここで重要なのは論破することではなく、情報を引き出すこと。相手に睨まれてまで情報を得ることは、私には不可能だ」
 相手は仮にも権力者。それに対して、私達はしがない学生。逆ギレされたらそのまま留年退学コースもありえる。ディベートとは、立場が同じであるからこそ成立するのだ。
「睨まれたくないから、従うの?」
「そう。私は臆病者だからね。それに……」
 一旦言葉を切り、缶コーヒーを飲む。いつもと違うメーカーだけれど、これは当たりだ。今度からこっちに変えよう。
「風邪薬でも持っていれば、5年後くらいには役に立つはずだ。今まで役に立たなかったからといって、『今すぐ役立つ』の触れ込みがない限り、残念ながら授業とは呼べなくても詐欺ではない。故に私はあの男のようにキレて反論するのではなく、教師に見切りを付けてこうして友人と二人、勉学に勤しむことを選んでるんだよ」
 それが私の、あの教師に対する唯一の対処法だから。
「世の中は不平等だ。あの教師が理想とする平等なんてありはしない。だから私達が不幸にもよろしくない教師にぶち当たる不公平も、仕方がないんだよ」
 ほんの数ページしか使わない分厚い教科書と、図書館で借りてきた薄いが内容の濃い参考書が乗ったテーブルに空になった缶を置く。変わりに、使いすぎてグリップの汚れたシャーペンを持つ。
「さて、あの教師に奪われた勉強時間を取り戻そう。試験は来週なんだから」
 去年の過去問のコピーを広げ、私達は胃痛を解消すべく二人で頭を悩ませた。
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